戸塚祥太(とつかしょうた)さんの若い頃について紹介しています。
戸塚祥太のプロフィール
本名:戸塚祥太
生年月日:1986年11月13日
出身地:愛知県
身長:170cm
血液型:B型
事務所:ジャニーズ事務所
戸塚祥太さんは元々、外で遊ぶのが大好きなサッカー少年で、芸能界に興味があった訳では無いようです。
そんな戸塚さんがジャニーズ事務所に所属するきっかけとなったのは、戸塚さんのお母さんでした。
それもよくある、勝手に送られた!という話ではなく、戸塚さんのお母さんの友達の息子さんがジャニーズに入りたがっていたそうで、その前にどんな所か見てこい!という「スパイ」として送り込まれたのが戸塚祥太さんだったのです(笑)
戸塚さんは最初、面倒だと嫌がったそうですが、お小遣いをあげると言われて行くことに。この時まだ小学生ですから、お小遣いという言葉の魅力には抗えなかったようです。
戸塚さんの大きな魅力でもある可愛らしい「トッツースマイル」は小学生の頃から健在で、そんな笑顔が目に止まったのか、もちろん書類審査を通過し、オーディションへ向かいます。
そこにはアイドルを目指す、キラキラとした男の子たちがいて、頭を坊主にしているいかにもなスポーツ少年は戸塚さんただ一人で、浮いている感じ、場違いな感じで恥ずかしかったそうです。
アイドルを目指す子の中でも書類審査を通過したかっこいい、かわいい子たちが集まる中で、坊主頭でも合格してしまうポテンシャルは流石としか言いようがありません…
戸塚祥太がスキンヘッドにした理由
ジャニーズ事務所に入所した戸塚さんは、A.B.C.というグループに所属することになります。
そして、このグループに橋本良亮さんが加入し、現在のA.B.C-Zというグループになりました。
A.B.C-Zはダンスやアクロバットのレベルが非常に高く、ジャニーズJrの頃から、先輩の舞台やコンサートのバックダンサーとして引っ張りだこの存在でした。
ですがそんなA.B.C-Zの中で、戸塚さんはアクロバットがそこまで得意な方ではなく、ダンスに関しても伸び悩んでいる時期があったようです。
PLAY ZONEという、本格的で激しいダンスが特徴の舞台の稽古中、鏡に映る自分を見て「俺、全然できてない」と思ってしまった戸塚さん。
大切なA.B.C-Zの足を引っ張る存在になるくらいなら、辞めようと、決心してしまいました。
稽古を抜け出し、その足で、もう後戻り出来ないようにと、なんとスキンヘッドにしてしまったそうです。
その後、辞める意思を伝え事務所に呼び出された戸塚さんは、自分が抜けるとA.B.C-Zの存続が危うくなるかもしれないと伝えられます。
自分以外の4人は絶対に報われなきゃおかしい、と考えていた戸塚さんは、そこで退所を思いとどまったそうです。
退所の意思を固めてスキンヘッドにしてしまったものの、事務所に残る選択をした戸塚祥太さん。
頭の形も良く、お顔も美形なのでとても似合っていたのですが、やはりジャニーズ事務所のタレントとしてはかなり異質で浮いてしまいました。
その頃、レギュラー出演していた百識というバラエティ番組で、ジャニーズの先輩であるV6の井ノ原快彦さんと共演していました。
実は、戸塚さんがスキンヘッドにしてしまう前、伸ばしっぱなしになっていた戸塚さんの髪を見た井ノ原さんが「いい人を紹介してやるから、切ってもらいな!」と、知り合いのスタイリストさんを紹介してくれて、そのスタイリストさんにカットしてもらった髪型が非常に似合っていて、いいね、と話していたところだったそうです。
しかし突然スキンヘッドで現れた戸塚さんに、他の共演者が触れるに触れられず「腫れ物」扱いのようになってしまったところ、司会でもある井ノ原さんが「おい、ハゲ!」と、戸塚さんの髪型を茶化しながらも触れてくれました。
それがきっかけとなり、戸塚さんのスキンヘッドは「触れてはいけない問題」ではなくなり、現場の空気が和やかに。戸塚さんは自分の居場所を作ってもらったと感じたそうです。
そして長い長い下積み時代を経てA.B.C-Zがデビューしてからの戸塚祥太さんは、音楽活動、お芝居などに加え、執筆活動など幅広く活躍されるようになりました。
元々小説が好きだった戸塚さんは、その感性と知識を活かして、ダ・ヴィンチで個人の連載を持っていました。
その連載の中で一連の経緯説明と共に井ノ原さんにきちんと改めて謝罪とお礼を伝えられていて、素晴らしい先輩後輩関係と、戸塚さんの誠実な性格に感動しました。