常盤貴子の若い頃画像をご紹介しています!
今も綺麗ですが、若い頃からすごく美人でした。
常盤貴子の経歴プロフィール

本名:長塚 貴子(ながつかたかこ)
生年月日:1972年4月30日
出身地:神奈川県横浜市
身長:162m
体重:不明
血液型:A型
事務所:スターダストプロモーション
配偶者:長塚圭史
90年代の「連ドラの女王」といえば常盤貴子さん。
横浜に生まれ小学校4年生のときに兵庫県西宮市へ引っ越します。
西宮での住まいは甲子園球場のすぐそば。
そういうことで阪神タイガースの大ファンになります。
引っ越してすぐ、1週間後くらいには関西弁でばっちりおしゃべりができるようになりました。
関西弁に阪神ファン、完全なる関西人ですよね。
ここでの生活は常盤貴子さんの性格に合っていたのかもしれません。
彼女がTVなどで関西弁、もしくは関西のイントネーションで話すところをみてそのギャップに驚いた人も多いのではないでしょうか。
また関西のノリでしょうか、進路など岐路に立ったときは「勘」で決めるそうです。
確かにあれこれ可能性や否定を考えるより「勘」は手っ取り早いですよね。
特に女性の場合は五感ですべてを把握ことができます。
この「勘」でまず高校受験を成功させます。偏差値からも難しい高校だったそうですが難なくクリア。
高校1年生までそこで過ごし再び関東に戻りそこの高校を卒業、関東学院女子短期大学へ入学。
19歳の夏になるとここでもまた持ち前の鋭い「勘」を活かします。
芸能事務所へ所属するにあたり何も情報を得ていない事務所に履歴書を送ります。
そうして勘が当たり今のスターダストプロモーションに所属することとなりました。
名だたるタレントさんやミュージシャンが在籍しているプロダクションです。
ちなみに最初はZARDの坂井泉水さんのように歌手の路線だったそうです。
常盤貴子の下積み時代
優れた勘で芸能事務所に所属した常盤貴子さん。
芸能界での活動がスタートします。
当時はバンドブームで原宿歩行者天国での路上ライブが盛んでした。
「島唄」のTHE BOOMや「歩いていこう」のJUN SKY WALKERSもこちらの出身です。
今でも活躍しているミュージシャンやデビューを夢見る多くのミュージシャンのライブで当時の原宿は盛り上がっていました。
常盤貴子さんはそのライブのMCなどをしてしたそうです。
下積みと言われている時代ですがきっと身につけていた関西のノリで楽しんでこなしていたことでしょう。
おしるこのCMにも出ていました。
当時の動画です。
19歳ですが、めちゃめちゃ美人ですね。
1991年に「イブは初恋のように」でドラマデビュー。
しかしすぐに大きな仕事が舞い込んでくるわけではありません。
なかなか芽が出ない期間はドラマのちょい役などで出演しています。
それでも出ていたのは「デパート!夏物語」やNHK大河ドラマの「太平記」など当時話題性のあったドラマです。
ベテランの俳優さんも現場にいたでしょうから良い刺激を受けていたのではないでしょうか。
それからわずか2年半の下積み生活を経てブレイクのきっかけとなったドラマ「悪魔のKISS」に出演することとなります。
他にもアルバイト感覚で仕事をこなしていたようで、お給料のよい読者モデルもしています。
常盤貴子と「悪魔のKISS」
1993年のドラマ「悪魔のKISS」では奥山佳恵さん、深津絵里さんと共に20歳の女の子を演じます。当時の社会問題をクローズアップした衝撃のストーリーです。
カードでたくさんの買い物をしてしまいローン地獄から抜け出すために風俗嬢となってしまう、対人では信用していた人に騙されてしまい薬物中毒へ落ちていくというさまざまな問題抱えた女子大生を演じています。
常盤貴子さんは早い段階でヌードになるという体当たりの演技を披露しています。
その新人女優の演技が多くの人に評価され常盤貴子さんにとってこれが出世作となりました。
しかし意外にも出演後は程なくしてその後アメリカへ留学。
高校時代にアメリカで一緒に生活したいと話していた同級生からお誘いがあったようです。
そして留学することに。
出世作の役柄はかなり個性の強い役柄でもあったので少しブランクは必要だったかもしれません。
3ヶ月間ではありますがシアトルに留学します。
高校の友人と現地のアメリカ人と3人で同居生活です。
その期間、同居のアメリカ人から徹底して英語を学びました。
以降は香港映画でも活躍されていますし最近ではフランス語講座の番組に出演するなど語学への意欲が垣間見れます。
言葉は女優さんにとって命なんですね。